河原光 × 宮島尊弘 | Archives(2006)


河原光・・・TLGF代表。GDCの立ち上げに参加した後、自身のブランドNARCOTIC、RAW FUDGE、FUTURE ZOMBIEをスタートさせる。  

宮島尊弘・・・雑誌・広告など幅広く活躍しているスタイリスト。Dragon Ashなどをスタイリングする一方ブランドROTT WEILERも手がける 


[tinyworld] まずは出会いからお願いします。 

河原:仕事ですね。たまたま僕が担当することになったバンドのジャケットで、スタイリストとしてやってきたのが宮島でした。

 宮島:なんというバンドでしたっけ? 

河原:SOONというバンドですね。 

宮島:そう、SOON!あれは10年前かな。そのまま時は流れて。。。 


[tinyworld] そのときの印象はどうでした? 

河原:ちょうど宮島はロンドンから帰ってきてスタイリストをやって1年くらいの頃かな。 宮島:そう。河原さんも駆け出しで。 

河原:駆け出し(笑) 

宮島:そのときスタイリングで古着のTシャツを持っていったんですけど、本人たちが着るだけじゃなくてジャケットの裏用にブツ撮りもすることになってて、そのとき持って行ったTシャツを、河原さんがなんかかなり気に入ってたような印象だったんですよ。そこが俺的にはひっかかったみたいな(笑)

 河原:そうね。当時、宮島はロンドン帰りだから、モヒカンで皮パンで全身黒でラバーソールはいて、どパンクな格好してたわりには、僕好みのTシャツを集めてくれて。結構わかってるなこいつ。ってかんじで。見た目パンクだけど幅広いなと。でも、それっきり(笑) 

宮島:それで時は1~2年流れたんですよ。それで久しぶりに再開したのがドラゴンアッシュの仕事。 

河原:僕はドラゴンアッシュのジャケットやるのが途中からだったけど、宮島は最初から関わってて、久しぶり。ってかんじで。その頃、宮島がずっと年上だと思ってて、「宮島さん」って言ってたけど、ドラゴンの撮影の時とか色々話してて2コも下だってわかって(笑) 

宮島:俺26だったけど、30超えてたと思ってたらしいね(笑) 

河原:そう(笑)そこからドラゴンもリリースが続くし、メンバーも含めノリもよくて、それからは頻繁に会うようになったのかな。


 [tinyworld] 今の趣味はなんですか? 

宮島:ナンバーワンはサーフィンです。 

河原:僕も宮島の影響で3年前からサーフィンしだしたけど、冬にサーフィン行くのがいやで、そこで差がついてしまって今はスケボーとかですね。

 宮島:サーフィンは4年で、ギターを3ヶ月くらい前から。昔からギターに興味があって、何回もトライしてて毎回挫折してたけど、サーフィンをやりだして、続ければ何でもできるんじゃないかってことを学んで、たまたま3ヶ月前にマーチンのギターをもらって、もらったからにはやんなきゃいけないな。と思ってまわりをみて一番の先生は誰かなと思ったら河原さんだったんですよ。

 河原:僕の方は20年以上ギターやってますね。中3ではじめてエレキ買って、ピストルズのコピーからはじめた、みたいな。 

宮島:おしゃれだねー(笑)中学生でピストルズ?

 河原:ピストルズ、クラッシュ、ラモーンズとかのいわゆるパンク。頭はボウズだったんですけど(笑) 

宮島:スキンズだ(笑)

 河原:スキンズだね(笑)ダブルのライダース着て、ブラックジーンズ穿いてワークブーツ履いて 

宮島:おしゃれだねー。漁港の町で(笑) 

河原:愛知の三河湾に面した町で、クラスの6割がトヨタ関係、3割が漁師、ウチはその他1割のサラリーマンの家庭だったんですけど。 

宮島:他にパンクな奴とかいなかったの?

 河原:中学のときはヤンキーがロカビリーだったんで、横浜銀蝿も聞くけど、ストレイキャッツとかブラックキャッツも聞いてた。クリームソーダとか流行ってたから。

 宮島:おしゃれだねー。クリームソーダは中学で一番おしゃれな奴しか行ってなかったからね。クリームソーダの財布って何?原宿ってナンだよーって感じで(笑)。今でも覚えてるんだけど、クリームソーダの財布持ってる奴が原宿に行った模様を中学3年の時に話してくれて「駅前に橋があって・・」とか言ってたから、俺は原宿の前にはずっとでっかい橋がかかってると思ってた。はじめて原宿に行ったのが高校3年だったけどそのとき「川ねえじゃん」(笑)みたいな。俺は利根川みたいなでっかい川が流れてると思ってたけどなかったですね。 一同 (笑) 

宮島:それにおしゃれも全くしない。音楽も全く聴かない。聞くのはアイドル。中森明菜にミポリン(笑)洋服に関してはまったく興味なかったですね。専門学校に行くとき、俺は観光の専門学校に行きたかったんだけど、ちょうど男女7人夏物語でそのとき流行ってて、俺はあまのじゃくなところがあったから流行ってるのはいやだと思って、ちょっと意表をつくようなところに行こうと。当時俺は友達のなかでもあまりおしゃれじゃないとされてたんですよ(笑)当時どちらかというとヤンキー志向が強い服とかでおしゃれとは無縁だったんで(笑)、それじゃあ逆にとういことで、文化服装学院に行ったんですよ。そこ行って音楽を聴くようになって、音楽性のある服とかも好きになって、パンクということで学校出てからロンドンに行ったんですよね。単純ですけど(笑)そこで戻ってきてスタイリストになりたいとも思わず。。。当時英語が話せたんで、英語を生かす仕事をしたいと思ってアルバイトニュースとか見て面接に行ったりしたんですけど、全部落ちたんですよ。当時モヒカンとかで、ビジュアルもすごかったんで、これは普通の仕事は無理だろうということで、お金をためるために軽く就ける仕事をと思って、地元埼玉で水商売の仕事の面接受けたら、これも全部落ちたんです(笑)。それで俺は本当にどうしたらいいんだろう思いながら、友達の恵比寿の洋服屋さんに顔を出したら、帰り道に電柱に「スタイリストアシスタント募集日給8千円」って書いててそこに電話したら受かったんですよ(笑)。それでなんとなくこういう仕事をはじめたんです。


 [tinyworld] 河原さんはどんな経緯で今の仕事をすることになったんですか? 

河原:僕は美大に行きたかったんですよ。中学の時にグラフィックデザイナーになりたいと思って。

宮島:おしゃれだなー。俺と180度違うね(笑)中学でグラフィックデザイナーなんて、そういう仕事があることすら知らなかった(笑)

 河原:たまたま図書館で世界の画集の中に横尾忠則があって、それを見てたら絵だけじゃなくてポスターもあってそれがすごくて、ナンだろうこれは!って思って、巻末のプロフィール見たら「グラフィックデザイナー」とか書いてて、こんなかっこいいものがつくれるんだったらグラフィックデザイナーになろうって思ったのが中学のとき。 

宮島:早咲きですね(笑)

 河原:咲いてはないけどね(笑)種をまいただけ。高校一年から美術の予備校に通い始めて名古屋まで毎日1時間かけて出て、絵を描いて。そこで知り合うやつらも美大に行きたい奴で、おしゃれで色んなコトを知ってて刺激を受けて、洋服や音楽のことも教えてもらったりして。どんどんおもしろくなって、それで3年間すごして、大学は東京じゃないと意味が無いと思って、東京の美大を受けたけど全部落ちて。浪人することになって東京に出て来たんだけど、バイトして日給をもらってレコード買ったり洋服買ったりするのが楽しくて、予備校とかも行かなくなって、一浪したけどまた全部落っこちて、結局桑沢デザイン研究所に行くことになったんですよ。そこで2年勉強して、さあ卒業して何をするかって言うときに、音楽が好きだったんで、ジャケットの仕事とかしたいと思ってたんですけど、どうやって仕事にしたらいいのかわからなかったんで、とりあえず小さな広告やってる事務所に入ってプロのグラフィックデザイナーになったんです。でも広告業界も一気に規模が小さくなっていく時期で仕事もつまんないし、今思えば当たり前だけど、使い走りをさせられるし、それでバカらしくなって、体をこわしたこともあって、入社して1年くらいで辞めて、それから3ヶ月くらいプラプラしてた(笑)次は雑誌やりたいと思って、スタジオボイスとかやってる事務所が募集をしてて、そこに入ったけど、スタジオボイスがかっこいいと思ってたのにそれをやらせてもらえず、ブーブー言いながら仕事してたんで、遅刻、居眠り、早退とかしてて。 

宮島:ダメ社員(笑) 

河原:そう本当にダメ社員(笑)。それで1年後に社長に呼ばれて「河原君今年いっぱいでもう来なくていいから」って言われて(笑)。当たり前ですけど。また3ヶ月位プラプラしてて、さすがに広告もやった、雑誌もやった。どれもダメだし、やりたくもないってのがわかったんで、どうしようかなって思って。もともとジャケットをやりたいっていうのは思っていて、これまでちゃんと向き合おうと思わず逃げてたんだけど、ものをつくりたいっていう意欲だけはあったので家にたまたまあった分厚いノートに制作意欲をぶつけて、コラージュ!コラージュ!で、3ヶ月位かけて一冊まるごとコラージュで作品集をつくったんですよ。そのときはじめて自分で「やった」っていう自信が出来て、一番尊敬している信藤三雄さん(CTPP)の所に行ったわけです。その人のもとで働かせてもらおうと思って、作品集を持っていったんだけど、ぱーっと見て、信藤さんが「キミ、このくらい作品ができるんだったら、うち来なくていいから自分でやれば」って言われて、「じゃあ自分でやろう」って思ったんですよ。ちょうどそのタイミングで友達からジャケットの仕事が来て、それがはじめてのジャケットの仕事。24の頃かな。それがきっかけで紹介してもらって仕事が来て、紹介してもらって仕事が来てっていう繰り返し。一番長くやってるのが、ゆず、ドラゴンアッシュかな。 [tinyworld] ブランドをたちあげるまでの経緯を教えてください。

 河原: 僕に関しては今のTLGF立ち上げて間もない頃に(熊谷)隆志を紹介されるんですよ。そのときの話のながれでTシャツを作ろうってことになって、僕はアパレル業界には面識もないし、隆志はグラフィックができるわけではなく、お互い無い部分を補えるってことではじめたのがGDC。 

宮島: 俺は3年前位かな、ちょっとあんまり覚えてないんですけど(笑)一番はじめの年はTシャツ1型、次の年2型、で今年くらいからやっと10型くらいやったのかな。仕事柄何月に納品とかいう流れもわかってるんですけど、時期とかきちきちできるタイプではないんで、なんか季節外れにTシャツやったりしてて、やっと今年から微妙にあってきたというかんじですね。のんびりペースです。今後はみんなの時期にあったらいいなと思ってるんですけどあんまり計画は考えてないんで、ラフなスタイルでやらせてもらってます。 

河原: 僕はブランドのコンセプトは名前に左右されることが多くて、NARCOTICやってるころは、名前のひびきや思い描いているものがポップだったので、ポップに徹しようと思っていたけど自分の中で収拾がつかなくなって、それで単純に辞めようと思った。RAWFUDGEはNARCOTICでやっていたポップな部分ではない自分の中にあるもうひとつの部分をやりたくてつけた名前だし、NARCOTICに比べれれば当然ポップではない部分を引き出そうと思ってる。FUTURE ZOMBIEに関しては、実はNARCOTICより最初から名前があって、一番最初からのブランドなんで、自分の中ではプライベートでコアになる部分になっている。縛られずにやりたいものをやりたいタイミングでするブランドっていうのがコンセプト。


 [tinyworld] WネームTシャツについて教えてください。

 宮島: 夕方くらいにこの事務所にきて、SUPER LAMBでも一緒なんですけどじゃあやろうかといって河原さんがMacの前に座って、俺が隣に座って、今回のは俺が見た映画でタバスコのエプロンを俳優が着ててそれがかっこよくて、その前にもアイデアを出していたんだけど、タバスコのことを話したら河原さんがひっかかったみたいで、画面の前であーだこーだいいながら完成したっていうかんじですね。 

河原: 宮島がタバスコって言った時点で僕の中でデザインができちゃったんで、それをそのままモニターで言葉をどうするかを決めていきながら作ったんですけど。結局Wネームをするからには宮島と二人でやる意味というのが無いとダメだと思っていて、安易なWネームとかコラボはすごくイヤで、スタートは僕に無い要素を出したかった。それで宮島からのアイデアをもらうようにして、今回宮島がタバスコって言った時点でそれで行こうってことになって。


 [tinyworld] 現在最も力を入れていることは何ですか?

 宮島: 俺は趣味ですかね、サーフィン。行けるときは可能な限り行ってますけど、平均して週2回くらい。朝5時くらいに行って、お昼くらいに帰ってきて仕事して、ってかんじですかね。

 河原: 僕は仕事が好きなんで、暇さえあれば使う使わないに限らずデザインをつくったりしてますね。常に頭にあるのはデザインですかね。 

宮島: 仕事男だね。仕事マンだね(笑) 

河原: 好きなことじゃないと仕事にできないんですよ僕の場合は。仕事の中でもそのときに好きなテイストとか生活がデザインに現れる。ベースがデザインになってる。

 [tinyworld] 最後に大阪のお店についてお聞かせください 

河原:MOTORWN OSAKAは何度か行きましたよ。 

宮島:行きましたね。取り扱ってるブランドのラインナップを詳しく知らなかったんですけど、単純にすごいブランドがたくさん入っているのにびっくりして、東京はオンリーショップがあるのであそこまでストリートのブランドが揃っていることがない。これじゃ俺のブランドが目立たないなと(笑)ホントにすごいブランドが全部入ってるんでそれにはびっくりしましたね。東京には無いですからね。ドメスティックで人気のあるところはほとんど入ってますよね。セレクトショップとしてはすごい。ここ一店舗で全部揃う。東京にあったらリースに行ったら楽だなと思いました(笑) 

河原:場所も店がたくさんあるところからちょっと離れてて、あの店の雰囲気にあってるし、宮島が言ったみたいに東京にはあそこまでの品揃えのショップが無いので、正直大阪に住んでいたらあの店にいけば全部済んじゃう。モータウン行って、インポートの店に行けば済んじゃう。バリバリの顧客になりますよ。東京のセレクトショップ行くと結構知らないブランドがあるんだけど、どれを見ても人気のあるブランドが置いてあるよね。

 宮島:俺はじめて行ったとき正直これほどブランドが置いてるって思ってなかったんですよ。それで「これではまずい」とピリっとしましたね(笑)もうちょっと気合を入れないとだめだなと。あれはショックでしたね(笑)・・・ 

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